drakiti63の日記

私の人となり

出会いは、いつも、別れを残し、別れは、いつも、淋しい悲しみを残していく

人生は、いつも、出会いと別れの繰り返しですね

私の場合、

9月8日との相性が

とても悪いです

初めの出会いは

大学生の時でした

信仰の先輩でした

次の出会いは

信仰での結婚です

初めは上手くいっていたのに

いつの間にか

私が病魔に襲われるとともに

私たち二人の仲は

冷めていきます

というよりは

私の片思い結婚生活の始まりです

新婚初夜、今でも鮮明に覚えています

私のEDのせいで

せっかく大事な時に

甘い思い出になるはずのひと時が

台無しになってしまいました

ところが、私の家内は

がっかりして落ち込んでいる私を

優しく慰めてくれました

落ち込んでひれ伏している

私の唇に

そっと自らの唇を寄り添えて

口づけをしてくれたのです

こんな感じで始まった

結婚生活でしたが

何度も何度も

離婚話が持ち上がりましたが

その度にどこからともなく

救いの手が差し伸べられて

私たちの仲は守られてきました

しかし、今回ばかりは

そうは行きませんでした

信仰上の見解の食い違い

具体的には

話し始めたら

一日かけても語りつくせない

内容なので

この件に関しては

何も触れずにおくことにします

サッカーでいうなら

レッドカード、一発、即、退場といったところでしょうか

そんな感じの離婚劇でした

私は、今でも信じられません

確かに気まずい思い出の方が

圧倒的に多いのですが

私には、それらの思い出を

一瞬にして打ち消すに足る

甘い思い出があるのです

それを思い出すと

家内との離別は

ひたすら、涙、涙の連続です

しかし、彼女の中では

そういう思いでは無いようです

まだ2か月前に

そう、たったの2か月前に

台風の最中

彼女の運転で

温泉旅行に行ったばかりではありませんか

誰だって、そんなにしてくれたのなら

私のことちゃんと愛してくれていると

思うではありませんか

しかし、それを話しても

彼女は、ただ信仰を全うするための

努力に過ぎなかったという

主張するばかりです

全く、取りつく島もないとは

このことでしょう

実は、私の離婚劇には

ちょっとしたハプニングというか

挿話がありまして

ここから、その件について

触れていきたいと思います

事の発端は

私の家内が離婚を決めて

家を飛び出していった夜が過ぎた

明朝のことです

家内からのメールで知ったのでしょう

私の次男

私が韓国のお友達と

Facebookの音声Messengerで

おしゃべりをしているのが

気に障ったらしく

烈火のごとく憤って

「ちょうしこくな、殺すぞー」と言うと

私を押し倒して

渾身の力を込めて

何度も何度も

私の腹部を蹴り始めました

暫らくすると怒りが治まったらしく

次男は会社に出かけました

私は別に大したことないと思っていましたが

SNS上で

友達の方が心配してくれて

蹴られたところが痛くなってきたこともあり

救急車を呼んで

近くの病院に受診しました

肋骨は折れているだろうと

自分でもそうは思いましたが

まさか2週間も

入院治療が必要な傷を負ったとは

見当もつきませんでした

何よりも辛かったのは

一週間、絶対安静で

ベッドから起き上がるのを許されなかったことです

しかし、一方でよかったこともあります

たとえが、少々、否、全く以って

下品の極みになるのですが

ここは、ソープランドかと思うくらいに

若くて綺麗な看護師さんたちが

毎日、入れ代わり立ち代わりで

私の下のお世話をしてくださるではありませんか

それはともかくとして

その病院で処方していただいた

精神科の薬のお蔭で

ここ暫らくは

最低でも5時間以上は

眠れています

この薬との出会いが

私にとっては

一番大きな出来事です

そしていつかは

この薬ともお別れの時が来る

即ち、病気が治る日が来るということです

この別れだけは

淋しくもなく、悲しくもない

別れなのですが

最低、最悪なのは

死別ということです

この病院とも

色々ともめごとがありました

看護師長さんとの口争い

ケースワーカーさんとの喧嘩

薬を使う使わないでの

数々の看護師さんとの口論

全部、女性相手の揉め事です

最後、退院する時は

疫病神がいなくなったことで

ホッと一安心で

笑顔での離別

私としても

別に嬉しくも悲しくもない

ただ、食事が美味しかっただけに

この病院、去っていくのは

少し、残念でもありました

看護師のTさん、Mさん、Oさんが

とても気立てがよくて

また、ここに来てもいいかなという思いではあります

それから、可愛いけど

最初は冷たくておっかない感じのNさんと

仲良くなれたのは嬉しい思い出となりました

話を家内のことに戻しますと

電話で、今回の入院について

どう思うかと問いかけたら

自業自得だとの冷たい返事に

唖然となり

同情してくれるかもと思って

聞くだけ野暮でした

離婚届けが受理されたのは

間違いのない事実ですが

何度も繰り返して述べるようで

くどいですが

本当に今でもこの事実が

信じられないのです

出会いから今年が

30周年になるのですから

私たちの出会いは一体何であったのか

考えても休むに似たりで

仕方のないことです

これをしょうが(小我)ないと表現すると

自己中心的ではないという意味になることを

今回の入院中知りました

小我は、利己的な心

大我は、利他的な心について

意味するところから

しょうがないは

自己中心的な心がないということになります

このあたりで

しょうがないということで

今回の記事に

終止符を打つことにします