drakiti63の日記

私の人となり

入院生活パート2・初めての閉鎖病棟

病気になって

2度目の入院は

1994年10月末のことでした

家内との関係が

悪くなったのが

最大の原因でした

それにもかかわらず

テンションが高くなって

一気にうつ状態になって

最初に入院した時のような

精神状態になって

何も考えずに

救急車を呼んで

とにかく、入院させて欲しいと

頼んだら

2時間以上かけて

山奥の人里はなれたところにある

とんでもない精神病院に

入院させられました

最初の1週間は

保護室という

言ってみれば

囚人の独房みたいな環境で

食事と薬の時間以外は

飼い殺し状態でした

何か要求があって

職員を呼びたくても

返事がなく

暇つぶしできることは

何もなく

時間も分からず

実に苦痛以外の何物でもありませんでした

おまけに

たまに現れる

主治医は

切れやすいタイプで

訳の分からない間に

怒って消えてしまうような

無責任極まりない人でした

ようやく

保護室から

解放された後は

病棟に移されましたが

そこも、地獄のような場所でした

まず、病室には

ベッドがなく

雑魚寝の状態でした

眠剤

患者によって

症状が違うのに

ロフィプノールという薬に

統一されてました

毎日の検温や便の回数は

職員ではなく

患者がチェックしてました

全ての患者が

病院に対する

不平不満を言ってました

中には

怖いヤクザのような

お兄さんもいて

脅されたこともありました

C型肝炎の患者さんもいて

移されるんじゃないかという

不安もありました

看護師さんも

2人を除いて

変な人たちばかりで

何か要望を出しても

今は忙しいからダメって

いつも、冷たく

あしらわれてました

主治医との面談も

相変わらず

切れてばかりの状態で

話になりません

外部との連絡も

とにかく

一台しかない

公衆電話の取り合いで

なかなか

思うように出来ませんでした

頭の中は

はやく、ここから

抜け出さなくてはという

思いでいっぱいになりました

それで

外面的にいい子を

装って

年末の外泊の許可をもらって

そのまま

強制的に退院しました

2度と入院したくない病院でした

それでは

なぞかけで

お開き

病人とかけて

梅雨の合間ととく

その心は

ヤンデイルでしょう