drakiti63の日記

私の人となり

入院生活パート1

今回から

4回にわたって

私の入院生活のあらましを

綴っていきます

私が

初めて

入院をしたのは

1989年5月18日

大学8年生の時でした

何故、8年かを

話すと長くなるので

また、別の機会に

今回は

割愛します

入院にいたる経過も

同様に

割愛します

ただ、発端は

自分の体の中に

何かの存在が

侵入してきて

心と体を

のっとられました

暴れて

3人がかりで

取り押さえられて

一晩中

梗塞されました

そして

夜が開け

教会病院に

連れて行かれて

注射うたれて

1日半

爆睡しました

それでもう大丈夫と思いきや

入院生活を

強いられました

はじめは

テンションが目茶苦茶高くって

他の患者さんに

迷惑だとも思わずに

病室を

引っ掻きまわしていました

しかし

日を追うにつれて

だんだんテンションが

さがりはじめ

落ち着きがなくなり

心臓が圧迫される

症状が出始めました

そしてさらには

その状態から

逃げる為に

自殺したいのではなく

自殺するんじゃないか

という妄想に

とらわれるようになりました

その時

私のカウンセラーを

してくださった方が

高校の先輩で

本当によくしてくださいました

主治医がそのことを

ご存知なかったので

あとで、理由を知って

何故、そこまで

一人の患者に対して

特別待遇をしているのかが

分かったと仰いました

ところで

話が前後するのですが

その病院は

一般病院だったので

精神病院と違って

独房はなく

ほとんどは

外科や内科の病気の患者さんばかりで

精神病の患者さんは

2、3人しかいませんでした

看護師だった家内が

その当時はまだ

婚約中で

精神病だったら

婚約を破棄することも考え

病院に私の病気の真相を

確かめていたみたいで

でも、幸か不幸か

病院側は

統合失調症(当時は、精神分裂病といわれてました)であることを

否定したので

今日があります

一般病院だからこその話です

ところで

話がまた跳びますが

私が妄想にとらわれて

うつ状態の極限に陥っているとき

主治医の先生からは

病気から逃げちゃダメだ

その妄想とも

正面から向き合って

握手して

友達になりなさい

慌てず、焦らず、諦めずに

やっていけば

必ずよくなると

言われました

やがて、妄想は消え

主治医先生から

ここまで来るのが大変だったんだぞ

一時は

精神病院への

転院も考えたが

よく耐えたなって

いわれました

しかし

その後が長かったのです

重度の不眠になり

金槌となりました?

その心は

スイミンgに苦労したということです

毎晩、毎晩

ナースステーションに通い

追加の眠剤飲んでも寝れず

一般病院だから

薬もそんなに効くようなものなくて

睡眠には

本当に冗談抜きにして

苦労しました

私に与えられた日課は

眠れても、眠れなくても

毎朝、ナースステーションの

モップがけをすることでした

やがて、入院していても

病状がよくなるわけでもないと

判断されたのか

1年4ヶ月で

最初の入院生活に

終止符を打つことになりました

その時、看護師さんたちからは

退院おめでとうといわれたのですが

同じ病室で

仲良くなった韓国人留学生が

病気が治ったわけじゃないんだから

おめでとうはおかしいだろうって

私の気持ちを大便じゃなくて

代弁してくれました

とても嬉しかったです

韓国人はヤッパリいいなあ

と思いました

今でも忘れられないのが

病院で、数少ない、心の友達になってくれたのは

龍の刺青をした

おじさんで

病院食がまずいからといって

お寿司や中華料理を

おごってくれたことです

いつも、軍歌を歌っていて

私をよく冗談言っては

笑わせてくれた

優しいおじさんでした

そして

今残念なことは

その主治医先生が

ミイラ取りがミイラになってしまい

薬を服用することになって

病院を辞めさせられたことと

先輩のカウンセラーの先生が

肝臓がんでお亡くなりになってしまったことです

とまあ、今回も

あまり、略脈も感じてもらえない

記事になりましたが

最近、友達が教えてくれた

癒し系の動画と

なぞかけで

お開きです


Backstreet Boys - Shape Of My Heart

グレープとかけて、空手ととく

その心は

葡萄(武道)でしょう