drakiti63の日記

私の人となり

日本の義務教育について

相も変わらず

試験で如何に

高得点をとれるのかに

躍起になっている

所謂、受験戦争が

一掃されない限り

日本はいつまでたっても

極、限られたものにとって

都合のいい社会で

大多数の日本人が

中流階級で満足しているのは

とても深刻な大問題である

全ての市民(ここでは、詳しく述べないが、国民と表現しない)にとって

よりよい、否もっともっと良い

日本社会が創れるはずだと思う

義務教育で、言論の自由

思想信条の自由、参政権が認められていること

その重要さを分かりやすく

子供たちに教えるべきだ

ここでのポイントは

誰が聞いても分かりやすいと言うことだ

つまらない授業、つまらない学校

子供たちに参加させる権利は

誰にもなく

子供たちにも義務は無い

義務教育は大人たちに

課せられた義務であり

従って、そんな参加したくも無い

学校、サボっても

否、サボっているのは

楽しい学校づくりの努力をしていない

教員たちのほうである

義務教育の限りでは

子供たちにダメな先生を

投票制度にして

停職処分してはどうだろうか

不登校、登校拒否

大いに結構だと思う

苛めのある学校なんて

登校する必要などさらさらないはずである

それが、本当の意味での義務教育であろう

その代わり、体罰は時として認められるべきだと思う

目上の人、特に子供が、大人を尊敬すべきなのであり

大人を大人と思わずに

振舞う子供にはお仕置きも必要だ

勉強に関しては、全ての子供が

理解できるまで、教師は個別指導をしてまで

教えなければならない

そして、問題は語学である

英語が国際的に共通語となっているので

英語を教えるのも一理はあると思う

しかし、隣国である韓国の言葉を

教えないのは、如何なものか

英語に投入した時間の5分の1くらい

韓国語を勉強したら

日常会話くらいは、平気でこなせるようになる

事実、私が、英語に費やしていた時間を

韓国語に費やしていたらどれくらい

韓国語ができたろうかと思う

実際、韓国語のヒアリングができるようになると

英語もヒヤリングの実力がアップしたのである

英語をはじめに教えるので

日本人は、外国語アレルギーになっているのだと思う

まあ、現状で無理であるのならば

英語でも、義務教育の範囲をこなせるのであれば

英語の日常会話程度は身につくので

中学校を卒業するときには

全ての生徒がもれなく

英語をそのレベルではマスターした

といえる学校教育になって欲しいものだ

話は、少し変わるが

不登校になる90%くらいが

体育を不得意としているというデータがある

という話を聴いたことがある

これも、指導をしている教員と

幼児のとき、外で遊ぶ楽しさを教えなかった

親に責任があるといえる

公園で遊べば、自然と基礎体力が

できて、体育が苦手になるはずがないと思われる

ところで、少し、私事になるが

体育で、唯一、苦手で嫌だったのは

水泳の授業である

中学校2年生になるまで

100m泳げなかったと言う過去がある

それが理由なのか分からないが

今、重度の不眠症

その心は、スイミンgに苦労している

どうしても、少しは、お惚けを

したくなる悪い癖

それで、私の水泳嫌いが治ったのは

高校のスパルタ水泳授業

雨が降ろうが寒かろうが

お構いなしに授業が決行された

レベルに合わせて

グループ編成して

そのレベルにあった

指導がされていたのが良かったと思う

ただ、酷いのは

2m半もある飛び込んで間もないところの水深

引き返してくるときには

それはそれは命からがらの

水泳授業だった

それで、話を義務教育に戻すが

全ての授業科目について

試験の結果に従って

レベルを定めて

生徒の実力に合った

グループ編成をして

なるべく、指導の上手な先生が

授業に苦戦している生徒を教えるようにして

最終的には、生徒全員がオール5の評価を

得られるようにすればよいと思う

まだ、大切なことを書き忘れていたが

学校教育で是非とも、命の尊厳性をはじめ

なぜ、人を殺してはいけないのか

なぜ、自殺をしてはいけないのか

なぜ、人のものを盗んではいけないのか

ただ、盗むと言うことに関しては

官僚たちが盗んでいると言っても過言ではない

合法的な税金の盗み捕りをしているので

説得力に欠けるが

しかし、そういうことも含めて

将来的には、官僚になる生徒もいるので

学校で教え込むべきだと思う

そして、また、重要になるのが

歴史教育だ

私は、教科書通りの歴史教育は

それこそ、塾に任せて

如何なる史実についても色々な見解があり

教科書に書かれていることは

あくまでも、一説に過ぎなく

別な考察をしている歴史学者もおり

教科書の説を鵜呑みにするのは

必ずしも妥当であるとはいえないことを

教えてもらいたいものである

特に古代史と

近・現代史については

尚更である

さて、今宵はこれくらいにしておきます