drakiti63の日記

私の人となり

美味しい料理を作ってくれるお母さん

今週のお題特別編「子供の頃に欲しかったもの」
〈春のブログキャンペーン 第3週〉

私が子供の頃

欲しかったのは

美味しい料理を作ってくれる

お母さんでした

今は、家内が

土日だけ、美味しい手料理を作ってくれるので

まるでお母さんのようです

当然、私は子供扱いされてます

さて今日は存分に

書きたいことを

次から次へと書きまくっていきますので

予め、お断り申し上げておきます

全て、ノンフィクションです

じゃあいきますよ


私の母は

私が小学校1年生の3学期の時

私と2歳半の弟を残して

秋葉原で有名な喫茶店に

行ってしまいました

何のことかわからない方が

ひょっとしていらっしゃるかも知れないので

ダジャレ世界から

一般的に通じる言い方をすれば

冥土に逝ってしまいました

あの時、見た母の死に顔は

今でも鮮明に

脳裏に焼き付いています

何も言われないでも

その顔を見た瞬間

お母さん、死んじゃったんだと

分かりました

でも、その時

その悲しみを

私の父と共有したので

神様を信ずることが

できるようになったと

大学生の時

知りました

それを教えてくださったのは

韓国のソウル大学を卒業され

東京大学に留学中であった

韓国の牧師様でした

その話をする前に

かなり長い前置きが必要なので

私の下らない自叙伝的な話を

書き綴っていきます

かなり遠回りしながら書いていくので

長文読解の苦手な方は

この辺で読むのを

止めて頂くことを

お勧めします

本当に活字を追うのが

お好きな方限定版です

よろしくお願いします

では早速、私が如何に

統一教会の信者になったかということから

述べていきたいと思います

私が、信仰の道に

入るきっかけを作ったのは

中日ドラゴンズ

大島康徳選手です

5点差をつけられての9回の裏

対読売(以下、これを黄泉売と記します)戦

投手は、曰く付きで

黄泉売に入団した

大物、江川卓

誰しもが

9分9厘、負けだと思った試合

奇跡の同点で、迎えた延長戦

引き分けても、ドラゴンズに

Vマジックが点灯

しかし、大島選手が

見事にサヨナラタイムリーヒット

センター前に運んで

より1数だけ少ない

マジックナンバーが点灯しました

結果的にはこれが幸いして

優勝の行方は

横浜スタジアムでの

セ・リーグ最後の公式戦に

もつれ込みました

結果は8対0で

小松辰雄投手の完封勝利

ちょうど信仰の道に入ろうとしていた時

下宿で一人

先日、このブログに書いた

子供の頃、欲しかった

カラーテレビにかじりついて

試合開始から

試合終了まで堪能しました

最後のアウトは

空振り三振

ところで話が

何で信仰の道に入ったのか

という話題から

随分と脱線しましたので

軌道修正します

ドラゴンズの先ほど述べた

黄泉売戦のサヨナラ劇に

勇気づけられた私は

高校の時に想いを寄せていた

可愛い女の子に

デートの約束を

家では家族が居るので

近所の公衆電話に

行って(書き忘れていたことがありました

その時は東京の下宿から秋休み中の帰省で

名古屋に戻ってました)

チャレンジしました

そうしたら、何のためらいもなく

デートのお願いにOKしてくれました

もう、有頂天です

デート先は名古屋城

地下鉄の中で

プロ野球の話題を出したら

彼女もドラゴンズファン

もう云う事ナシです

彼女の大学は

その名前が

妊婦さんには縁起の悪い

南山(難産)大学という中部地方では

トップの私立大学

この大学は

レベルが一つしたの私立大学からでは

断然、格が

ワンランクもツーランクも

群を抜いてる大学で

私の弟も不思議な御縁で

南山大学経済学部卒業で

その当時は、丁度、バブル経済の最盛期で

周りの友人たちは

こぞって、一流企業に就職してたみたいです

でも、残念ながら私の弟は

大学でもトップクラスの優等生なのに

視覚障害者であるが故に

全ての就職面接で

門前払いを食った

可哀想な弟でした

で、またまた、話が横道を離れてしまいましたので

私の恋人との話に

軌道修正します

最初のデートが終わる時

もう一度、彼女の再会を約束して

別れました

次のデートは

クラッシク音楽の演奏会でした

私は、オリビアニュートンジョン派でしたので

音楽と言ったらA-POPオンリー

日本のフォークソング

軟弱な感じがしすぎて

さだまさしとか

かぐや姫だの

ガロだの

好きにはなりませんでした

音楽といえば

高校時代に

嫌というほど

辛い思い出があるので

クラッシクとかも好きではありませんでした

これについては

積もる話が山のようにあるので

さすがに今回は

認められそうもないので

またの機会に

このブログで

紹介したいと思いますので

割愛いたします

私は東京大学

チャレンジするのは

明確な目標があってのことでした

それは数学の研究に

生涯を捧げることでした

数学好きなんて

普通の学生さんにとっては

変わり者、偏屈者

さらに言えば

狂人でしょう

私の息子たちも

数学好きで高校を

卒業しました

でも、私に言わせれば

息子たちの高校数学は

ハッタリもいいとこ

私の教える数学は

てんで理解してくれませんでした

説明の仕方が下手だとか

父さん、そんな考え方、変

という始末です

私も確かに

精神病の強い薬を

大量に服用しているので

ピークの時に比べると

お話になりませんが

それにしても

高校数学が中学レベルに思えてきて

何が数学が得意だなんて

大風呂敷を広げてるんだと

言いたくなることが

しばしでした

ところで、数学といえば

そもそも

私の父がかつては

数学者を

目指していたのですが

父は勉強が嫌いだったので

終戦後まもなく

立命館大学に合格したのですが

大学数学のハードルの高さを

超えることができず

中退してしまいました

確かに

私の父は聡明な人物で

世の中のありとあらゆること

(但し、宗教を除いて)に

精通していて

手先が器用で

弁は立つし

オールマイティー

所謂、マルチ人間です

今年、86歳で健在です

いかん、いかん

また、話がかつての恋人との

2回目のデートの話題から

逸れてしまいました

なんで、数学のこと書き綴ったのかは

そのデート場所のクラッシク音学会会場での

ちょっとしたハプニングを

お話したいが為に

書いたものでした

そのハプニングとは

つまらないクラッシク音楽を

聞いていると眠くなるので

右脚の上で

指を使って

大学数学・解析学に出てくる

積分の問題をこっそりやっているのを

彼女にバレてしまったことです

彼女曰く

「戸松くん、今、数学の問題やってたでしょ」

バツが悪くなったので

言い訳をこう言いました

「これを聴いていると

眠ってしまいそうになるんだ

だから、眠気覚ましに

(厳密に言えば

暇つぶしだったのですが)

ようこちゃんの言う通り

ゴメン、僕、数学の問題やっていた」

と、正直に話したら

別に機嫌を損ねることなく

彼女はこう言いました

「あのね。私のお父さんが

 言ってたことなんだけど

 眠くなるクラッシックほど

 素敵な音楽はないんだって。

 だから、戸松くん、謝ることなんて

 何もないわよ」

実に寛容な女の子だなぁ~

て、思いました。

そして、別れる時に

彼女に、東京にいる

私の下宿先に

手紙を書いてくれないかと

頼んだら

勿論、OKで

確認癖のある私は

指切りまでさせて

別れました

そんな良い事が

続いた日々に

自然と神様に有難うございますと

毎日、お祈りをする習慣が

身につきました

そしてここからが

今回、皆さんに

お伝えしたかった

私が如何に

世の中では

とても評判が悪い

名うての統一教会の信者になったかを

認める長い長い前置きに

終止符を打つことができる

状況になりました

実は、統一教会との出会いは

東大入学以後が

初めてではなく

高校3年生の時

今で言うセンター試験

当時は共通一次試験と言っていた

その模擬試験を予備校に

受けに行ったその帰り

帰りのバス停のところで

女性がペアで

アンケートをやっていて

声をかけられた女性の相方が

とても綺麗な女性だったので

興味本位に答えてみると

何やら、世界の宗教を統一させるために

私たちは活動しています

なんて、机上の空論に思えるようなことを

言っているので

尚更、好奇心が湧いてきて

彼女たちの布教活動をしている

ビルの部屋まで案内されて

色々と私のよもや話を

聞いてくれて

それじゃあということで

統一教会の登龍門である

統一原理の総序という部分を

その綺麗な女性が

切々と黒板講義してくれました

その中で、宗教と科学の統一という話に

感銘を受けて

ワンデーという一日限りの

セミナーに参加することになりました

それで、期待して講義を聴いていると

創造原理・神の二性性相という

陰陽五行説をバージョンアップした

もっと、小学生でも分かる

表現で言えば

この宇宙の森羅万象の全てが

プラスとマイナスの関係を

保ちながら存在しているという

とても、哲学的で眠たくなるような

内容でした

続いての講義が

堕落論

これには勘弁してくれ~

アダムとイブ(統一教会では、エバと呼んでいるので

以下は、イブのことをエバと記すものとします)

天使長、生命の木、善悪を知るの木なんて

おとぎ話の世界のような話が

こんこんと続いて

人間は堕落している

それは、エバと天使長ルーシェルが

性的な関係を結び堕落して

更に、堕落したエバがアダムと

性的関係を結んで

アダムも堕落し

原罪が発生し

天使長ルーシェルは

神様に代わって

この世を支配する

悪魔・サタンとなる

そして、アダムとエバが

犯した原罪は

歴史的に子々孫々まで

原罪が遺伝してきている

云々です

もうこの後は

カインとアベル

ノア、ハム

方舟

アブラハム、イサク、ヤコブ

聖書のお話を解釈する講義の連続

神様の天地創造の摂理は

創造原理ではなく

蕩減復帰原理での

再創造の救いの摂理

つまり、堕落していない

神の子

統一教会流に

表現すると第2アダムを

迎えるための準備を完遂する

摂理歴史だというのです

そして、第2アダムとは

即ち、イエスキリストだというのです

ここまでは

一般のクリスチャンも

まだ、そんなに腹を立てずに

聞いていられる内容です

そのイエス様に関する

統一教会の教えが

純粋なクリスチャンの心を

傷つける奇想天外な聖書解釈です

イエス様の象徴といえば

十字架がキリスト者でなくても

常識的に有名なことですが

統一原理では

イエス様は決して

十字架にかかって

死んではならなかった

というのです

マリヤ様が馬小屋で

イエス様を生んだのも

マリヤ様の過ち

何故って、神様が何千年、何万年かけて

ようやくこの世に

送り出すことができた

神の子イエス様を

なんでそんな見窄らしい

馬小屋で産んだのか

神様の御使いに

神様に祝福された

万軍の王

王の中の王でいらっしゃる

イエス様を

もっと盛大に祝って

お迎えすることができなかったのかと

さらに言えば

一定の期間

信仰を持ち続けた信者にしか

教えてもらえない

マリア様の秘密があります

信じるか信じないかは

読者様次第ですので

この解釈を絶対だとは申しません

マリヤ様の処女妊娠

即ち

聖霊によってマリア様が

妊ったと言うのは

あくまでもイエス様を

神秘化させる為の方便で

実際には

マリア様を妊らせた

男性がいたというのです

それを暗示させているのは

新約聖書ルカによる福音書

第一章第三九節

引用すると

「そのころ、マリヤは立って、

 大急ぎで山里へむかいユダの町に行き」

第四〇節

 「ザカリアの家に入ってエリザベツにあいさつをした」

第四一節

 「エリザベツがマリヤのあいさつを聞いたとき

  その子が胎内でおどった。

  エリザベツは聖霊に満たされ

第四二節

 「声高く叫んでいった、

 {あなたは女の中で

  祝福されたかた

  あなたの胎の実も祝福されています}」

つまり、エリザベツの同意のもとで

エリザベツの夫、ザカリアが

マリヤと男女関係を結び

イエス様を妊らせたというのです

いくら、イエス様が神の子だとしても

人間としてこの世に

命を宿らせた限り

マリヤ様が処女のまま

妊娠したというのは

非科学的であり

神様が天地創造の原理である

生命の誕生の原理を

覆すというのは

真理の神様でなくなってしまうので

ありえないことです

EPOMさん

ごめんなさいね

こんなことを信じている私を

許して下さい

イエス様の十字架の摂理は

あくまでも第二の道で

イエス様は

マリヤ様、ザカリア、エリザベツ

この二人の間にできた洗礼ヨハネ

協力を得ながら

イスラエル社会を

神の祖国とし

これが神様の本来の願いであった

地上天国の始まりで

イエス様の摂理は

ローマを経て

東洋に移り

中国の儒教

インドの仏教を基盤として

世界中にイエス様の語られる

真理によって

人類が大家族世界が成就するのが

本道でした

シルクロードができたのも

全ては、イエス様が東洋世界に

神様の真理と愛を伝えるためのもの

そもそもの過ちは

洗礼ヨハネが一旦は

イエス様を神の子と受け入れながらも

ユダヤの律法学者たちに

イエス様がメシアであることを

証さなかったことに由来するもの

故にイエス様は二千年歴史をかけて

準備されてきた

ユダヤ教イスラエル民族に

受け入れられず

苦肉の策で集められた

ペテロたちに委ねられ

そのペテロも

最後は、死を恐れて

イエス様の弟子であることを

否定して、イエス様を裏切ることになります

ペテロたちの信仰のなさ故に

イエス様は十字架の道を選ばれ

最後は、左側の十字架にかけられた強盗に

罵られるも

右側の十字架にかけられた強盗に

イエス様の十字架の刑を

弁護され

イエス様は

その弁護した強盗に

汝はパラダイスにあるであろうと

語られ

イエス様と右側の強盗だけが

パラダイスに逝くことになる

ここで注意していただきたいのは

パラダイスは天国と混同されるふしがあるが

実はパラダイスとは

天国、即ち、ヘヴンではなく

ヘヴンより一段階低い

楽園という天上世界

救いの摂理は三段階

旧約聖書の時代は、割礼

新約聖書の時代は、洗礼

そして、第3段階にあるのが

成約聖書の時代で、婚礼

即ち、

再臨主であられる

文鮮明師と

そのご令嬢である

韓鶴子女史を

真の父母様として

受け入れ祝福を得て

結婚して

イエス様が成し遂げられなかった

原罪精算の役事を受けて

罪のない子女を授かり

救われるというのが

統一教会の究極の教えです

以下は、私個人の見解なので

他の統一教会の信者様から

お叱りを受けるかも知れませんが

敢えて、述べます

今は、もう

再臨主である

文鮮明師が崩御(以下は、人間の死を聖和と記す)されたので

全ての罪が許され

かつては、恋愛が御法度であった

統一教会

自由恋愛が認められ

カップルが祝福さえ受け入れば

救われる時代になりました

独身であるより

結婚して夫婦で暮らしている人の方が

天国に近いのです

天は、二人とも読めるので

天国は絶対に一人では入れません

イエス様がパラダイスに聖和されたのも

生きて、結婚できなかったが故なのです

かつては、ホントに厳しかった

統一教会の規律

勿論、正道をいかれる方々は

今でも大変でしょうが

下々のものは

あるがままでいい

受け止めればいい

為に生き

良心の呵責さえなければ

統一教会の教えは無用の代物

聖人から殺人犯、強姦魔さえ救われる時代

寧ろ、地獄にいる人ほど先に救われるのが

文鮮明師の教え

オウム真理教麻原彰晃師も

貴い神様の子

非難してはいけません

ひょっとして、麻原彰晃師が

一番、善なる偉業を成し遂げるかも知れないのです

まだまだ、話が

一旦、書き始めたら

どんどん、過去のことが

思い出されてきて

締めくくることができません

まだまだ、統一教会の信者になるまでのことが

話しきれていれません

そういう訳で

本日は、この辺で

見切りをつけて

明日以降のブログにて

証していきます


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