drakiti63の日記

私の人となり

母・死・病・婚・迷・生・楽・哀・淋・独

私の幼い時

何の温もりも

残さずに

逝ってしまった

お母さん

今も覚えてますよ

お母さんの死に顔

泥んこに

びっしょり濡れたかのように

土のようになっていた

あの顔は

死ぬまで

いいえ

死んでも

忘れることは

ないでしょう

往復ビンタ喰らった

思い出は数々

そんなお母さんだったのに

お母さんがサヨナラの一言も言わずに

旅立っていった

あの日から涙と死への恐怖感

それが私の半生だった

病気になったのも

死への恐怖感

自殺しそうだと言っても

表の主治医は

神様に病気を治してください

なんて贅沢なお祈り

だめだよ

厳しいお言葉

そこで裏の主治医が登場

どうにかこうにか

その状態から立ち直った後は

眠れぬ夜の毎日

夜眠れないから

お昼寝できるかといえば

そうでもない

自律神経失調症

ホントの病名からすれば

聞こえの良い言葉で騙し

眠れない、自信のない 器用さがない

私に働けば治ると諭されたものの

働けど働けど

治らないばかりか

一層自信をなくして

がっくり

それでも色々と

胸に染み入る訓示を

下さった裏の主治医

お前を見放さないぞとおっしゃったのに

知らぬ間に遠い何処かへ

行ってしまわれた

表の主治医も引退し

病院を転々

今が一番、最高の病院

こんないい病院があるのならば

早く見つかればよかったのに

それまでは、どこの病院でも

いじめられた

でも、今の病院は

全てのスタッフが

とても優しい

本当に有難いことだ

しかし、人間万事塞翁が馬

自律神経失調症という

病名だったので

無事に家内と

結ばれた

仮に統合失調症という

病名だったら

婚約を破棄されるところだった

しかし結婚とは

こんなにも迷いが生じるものはないと

痛感させられた

異文化との遭遇

正にその一言だ

でも、結婚した年に

早々と身籠り

その年の翌年に

無事出産をした

その時はまだまだ

新米のパパ・ママで

非常に神経質な空気が

家の中に

たちこんでいた

私がその時は

昼行灯で

お給金が出る

ある団体に所属していたため

フーテンの寅さんではなかったが

意見の食い違いで

別れると胸にぐさりときて

2度目の入院

これが最悪の病院だった

外泊に見せかけて

緊急退院

その頃から父が援助をしてくれるようになり

家内も信仰の道に来て

初めて神様に出会ったと

涙を流す

話が、跳びますが

二人目の息子ができた時には

初めて子供ってなんて可愛いのだろう

公園でサッカーしたり、

ファミコンしたり

トランプをしたり

家内の長期外泊(愛が覚めての別居ではありません)の時

押入れの布団全部、床に敷き詰めて

枕の投げ合い

創作話しと原本をアレンジした昔話を

毎晩、毎晩、就寝時間に

聞かせてあげた

でも今は、あんな楽しかった季節はもう来ない

唯一、楽しめるのは、さんまこと

三人麻雀を私と息子二人で

することくらいだ

あとは、厄介者扱い

そんな息子たちが

来春、家を巣立っていく

苦労知らずに生きてきたから

きっと苦労するだろうな

そう言えば、次男の短大入試の結果が

発表される

もう一時間早く届いていれば

郵送されてくる書留を受け取ることができたのに

気を病むのは、私と家内だけで

長男は滑れといい

当の本人は他人事

さて、結果はどうなるか

来春以降は、家内と二人きり

呑気といえば呑気になるが

どちらかが先に行くことになろう

そして一人ぼっちになる


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