drakiti63の日記

私の人となり

卓球

最近は、お世話になったひとり暮らしの父の家まで、

週2回、行かなければならなくなりました。

そのおかげで、生活のリズムが崩れ、

おまけに、季節の変わり目ということもあって、

ブログを書くのも億劫になってしまいました。

父は、85。私は、51。

父の家に行っても別に雑談と買い物を近くのスーパーまでいくだけで

毎回、お互い、同じ話の繰り返しである。

昨日の夜、父の家から帰ってきた時、

下の息子がこんな生意気な言葉を発した。

父さん、よかったね。存在の意義ができて。

なんと無礼なセリフか。

お前が、まだ、寝返りもうてなかった時、

お風呂に入れたり

1歳過ぎた頃には、毎晩、子守唄を歌い

抱っこして、ゆらゆらとさせながら

もう、眠ったであろうと

腰を下ろすと

すぐに鳴き始める。

押し目の取替やウンチの後始末もした。

3歳ころになったら、私のオリジナル昔話をしたり

韓国の友人からもらった

韓国の昔話もした。

でも、そんなことをしながらかえって、恩恵を受けたのは私の方ではないか。

保育園にお迎えに行くと、笑顔でハイハイしながら

一目散に寄ってくる息子は

本当に可愛かった。

それで、どれほどまでに心が慰められたかわからない。

ところで、本題を書くつもりが、息子の話に完全にズレてしまったので

卓球というタイトルに戻る事にする。

私が、最近まで全然知らなかったことであるが

私の父が若い頃、実業団で卓球大会に出場していて

それも、毎回、シード権をもらって出場していたそうだ。

ところで、また、話が本題からそれることになるが、

シード権をもらえる選手は何処にいるでしょうか。

答えは空の上。何となれば、ドレミファ空シード。

さて、一旦、書き始めたら止まらなくなってしまうのが私の悪い癖。

話を卓球に戻しましょう。

それで、父は、今年の春ころまでは、

老人会館にお年寄りとふれあいに来る中学生と

卓球部で、2年くらい鍛錬をしていないのでなければ、

完膚なきまでに叩きのめしていたそうである。

同じ老人会のメンバーからは、そのうち方禁止、これも反則。

右に出るものはいないそうである。

そういう自慢話をうんと聞かされる。

ケチなくせに、卓球のラケットだけは、ドイツ製の舶来品である。

で、私ですが、高校の時、所属していたハンドボール部の

早朝練習が早めに終わった時、

たまに卓球をやっていたのだが話にならないくらい下手だった。

今年は、名古屋市精神疾患のある病院から

卓球好きのメンバーさんが集まって

トーナメント戦が行われたので、帰りのお食事会目当てで、

補欠選手として参加。

それから、病院内で、各病棟のフロアーごと参加して

卓球大会がありました。

これも、何か参加賞くらいはもらえるだろうと下心をもって参加しました。

団体戦で、私は、顔見知りの可愛い女の子と対戦していいところまで行って

負けました。聞く所によると結構強い選手なので、

負けて良かった。変に、値にもたれると嫌だから。

私、負けましたわ。右から読んでも左から読んでも、

ワタシマケマシタワ。

いかんいかん。ついつい書きたくなってしまう、くだらない事。

話を戻そう。

それで、私は負けたのですが、

飛び入りのおばちゃんが勝ったおかげで、

チーム一回戦突破。

でも、2回戦は、ボロ負けでした。

結局、負けはしましたけれど、缶ジュースの差し入れがあり、

私の目的達成。

そして、今月末に、施設内だけのメンバーで卓球大会があり

3日に2度くらいのペースで卓球をするプログラムに参加して

私も腕試し。

やっと落ち着きました。

落語ではないので

そちらのオチはつきませんでしたが。

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