drakiti63の日記

私の人となり

今日は、日本に莫大な経済特需をもたらすことになった切っ掛けの日

今日は、1950年6月25日、日曜日、北朝鮮が、突然、韓国を侵略してきた、所謂、朝鮮戦争勃発の日です。韓国では、6.25動乱と言います。ご存知の方も多いと思いますが、韓国では、戦争と言わずに、乱という表現を使っているのは、国家主権に対する反乱ととらえているからです。豊臣秀吉朝鮮侵略も日本では、役という言葉を使っていますが、やはり、これも壬辰倭乱という表現を使っていることになっています。中国を宗主国としていた当時の韓国は、同じ中華文化、儒教文化と言った方がいいかもしれませんが、やはり、これは、国家主権に対する反乱だととらえているからでしょう。
 話は、変わりますが、ずっと疑問に思っていた日本史上の出来事に関する表現の仕方があります。それは、西南戦争です。これは、明治政府という国家主権に対する薩摩藩(鹿児島県と言った方がいいかもしれません)の反乱のはずですが、日本の歴史学者はどうしてこれを戦争などと表現しているのでしょうか。薩摩を独立国として認めていたからでしょうか。西郷隆盛に対する判官びいきから出た言葉でしょうか。私は、西郷隆盛が大嫌いです。彼は、所詮、日本の壁どころか、薩摩の壁を乗り越えられなかった人だと思います。明治維新後、韓国に鎖国政策をやめさせるために、西郷隆盛は、殺されるつもりで韓国に訪問しようとします。長州藩に明治維新の活躍を出し抜かれ、西郷隆盛は韓国との戦争を、闘いに飢えていた薩摩藩の武士たちに鬱憤を晴らそうとします。でも、まだその頃は、明治政府の眼中には韓国との戦争はなく、西南戦争が、その代わりになったのだと思います。西南戦争、もしくは、西南の役という表現は不適切で、西南の乱と表現するべきだと思います。

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