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drakiti63の日記

私の人となり

カラオケ十八番 私の場合 노래방 십팔번 제 경우

今週のお題「カラオケの十八番」

韓国大好きの

私にとって

カラオケの十八番も

韓国のバラードです

今回はその歌詞を

我流で翻訳したのを

紹介したいと思います

曲名「5月の日差し」

歌手 李仙姫

どこからか

私を呼ぶ声がして

振り返ってみれば

目に映るのは

淋しい街

吹いてくる

風だけなのに

風波になびく

髪の毛を撫ぜ下せつつ

歩を止めて

もう一度

後ろを振り向いた

暗い夜更けに

共に過ごそうとつぶやいた

若者の声が

虚しさに

吹き飛ばされ

朝が来るまで

歌を歌おうとした

我が友は

今何処に

留まっては

通り過ぎていく瞬間

残された

君の声

5月の日差しに

満ち溢れた日になれば

僕らの心は

暖かくなるでしょう

한국을

사랑하는 제가

노래방에서

자주 부르는 노래는

한국노래입니다

제가 좋아하는 가수는

나훈아, 이선희, 이문세

다비치, 정수라, 민해경

이미자, 김희진, 김수희

등등,,,

오늘날은

이선희씨가 부르는

「5월의 햇살」이란

제 십팔번을

소개합니다

淋しかった卒業式 쓸쓸했던 졸업식

今週のお題「卒業」

小学校

中学校

高校

大学

その中で

一番淋しい思い出の卒業式は

大学の卒業式です

卒業の年に

統合失調症にかかり

卒業式の日も

入院中でした

周りの学生は

みんな明確な進路が決まり

私だけが

浪人のような有様で

とても淋しい思いをしました

今も夢の中で

誰もいないキャンパスを

一人淋しく

彷徨っていることがあります

卒業といえば

次男坊のやっちゃんが

来月の18日

卒業式です

家内は

卒業できるかどうか

心配してます

私はそれよりも

卒業後の資格試験に

合格できるかどうかを

心配してます

長男の時は

家内も私も

全然、心配はしませんでしたが

高校の卒業の時も

やっちゃんには

とことん心配させられました

そういえば

自分自身が

大学の卒業を

心配して

眠れぬ夜を

幾たび数えたやら

초등학교

중학교

고등학교

대학교

그중에 제일 쓸쓸했던 졸업식은

대학교졸업식입니다

졸업년도에

정신병에 걸리고

졸업식 그날도

입원중이었습니다

주위의학생들은

모두 다 명확한 진로가 결정되고

저만 혼자 재수생같은

상태로

너무나 쓸쓸한 생각을 했습니다

지금도 꿈속에서

통빈교정을

외로이 헤매 있을때가 있습니다

그런데

졸업이라면

차남 야짱이

다음 달 18일날에

대학교를 졸업할 겁니다

저희 집사람이

야짱이 졸업할 수가 이는지 어떤지

아주 걱정하고 있습니다

저로서는

졸업후에 있을 자격시험에

합격하는지 어떤지 걱정입니다

장남 히로키 때는

저도 집사람도

아무 걱정도 없었는데

야짱 경우에 있어서는

고등하교 졸업때도

많이 걱정해야 했습니다

그렇게 말하면

저는 자기자신의 대학교 졸업을

걱정하여서

잠 못 이룬 밤들을

몇번이나 세었는지 모르겠습니다


서영은 - 졸업

泥警

今週のお題「何して遊んだ?」

小学校6年生の時

私のクラスでは

男子と女子に分かれて

泥警と呼ばれる

一種の鬼ごっこが

ブームでした

必ず男子が

逃げる側(泥棒)で

女子が捕まえる側(警察)でした

普通の鬼ごっこと違う点は

逃げる側が

捕まった男子を

助けて逃がすことが出来ることです

誰が最初にやろうと言い出したかは

記憶にありませんが

長いお昼休みの

レクレーションとしては

大人数でやるため

醍醐味がありました

6年生の時は

いじめっ子を

クラス全体で

シカトして

懲らしめたので

いじめっ子は存在しなくて

とても気楽な毎日でした

だからこそ

こんな遊びが出来たと思います

たった一人のいじめっ子のせいで

クラス全体の雰囲気が

台無しになってしまうことって

ありますよね

ところで

今と当時を比較して

思うのですが

クラスの人数が

45名前後いた当時と

30名にも満たない今とでは

やはり、何かが違うような気がします

じゃあ、その違いは

何ぞやと訊かれても

答えられないのですが

それは読者の皆様の

想像にお任せします

自炊生活

今週のお題「新しく始めたいこと」

我が家で

手料理を食べなくなって

もう2年近くなります

私が平日は

施設で

夕飯を

食べてくるので

家内もいつの間にか

料理を作らなくなりました

5年以上前は

私が夕飯作りの担当をしてました

レパートリーは

肉じゃがコロッケ、オムライス

ビビンバ、韓国風海苔巻き

カレーライス、ハヤシライス

クリームシチュー、肉じゃが

キンピラ、サンマの塩焼き

野菜炒め、親子丼、牛丼

おでんをはじめとする鍋物

チラシ寿司、ジャーマンポテト

チヂミ、パスタ各種

八宝菜、マーボーナス

ポトフ、冷やし中華

イカリングやイカの甘辛煮

そして、元気のいいときは

キムチもつけてました

白菜キムチ、カクテキ(カットゥギが正しい)

キュウリのキムチ、大葉のキムチ等々

今では、考えられないんですが

あんなに頑張っていたこと

私が料理をしなくなった後は

家内もかつては

朝は、二人の息子と自分の弁当を作り

仕事を終えたら

買い物して

ちゃんと自炊できていたのに

今では完全に外食オンリーです

それで、これじゃいけないなぁと思い

もう少し自信が出てきたら

もう一度

改めて

新しく

老後の自炊生活を始めたいです

チョコくれた女子が本命のようこちゃんだったら

今週のお題「私のタラレバ」

もうすぐ

バレンタインデー

高校2年の時

ようこちゃんという女子生徒から

コクりのチョコを

もらったものの

意中のようこちゃんだっタラ

私の人生

相当、変わっていたかもしれません

だって、相思相愛なんだから

私は東京の大学なんて

進学せずに

地元名古屋の大学に

進学していたはず

普通に就職して

普通に結婚して

普通の人生を生きていたでしょう

好きなようこちゃんは

二人もいたのです

それで

これもタラレバなんですが

大学1年生の時

秋休みに帰省して

ドラゴンズ対読売戦の

プロ野球生中継を見ていて

ドラゴンズが奇跡的な

大逆転をすることが

なかっタラ

その一人のようこちゃんを

電話でデートに誘うことなかったでしょう

そんな勇気なかったもの

そうしたら

普通に勉強して

理学部の数学科に

進級していたことでしょう

でも、そうしたら頭の良くない

私は、数学科で

挫折して

今頃、結婚もせず

ホームレスになっていたかも知れません

でも、ドラゴンズが宿敵、読売を

倒したおかげで

大胆になれて

私が好きだった

ようこちゃんに

トライする勇気がわいてきたのです

そこで

デートの申し込みに

ふられタラ

前述の頭の良くない以下の

人生だったでしょう

でも、そのようこちゃんは

私の誘いに応じてくれて

その時が人生の頂点でした

そして

いつの間にか

信仰の道に入るようなったのでした

それが今この時代であっタラ

また、違う人生になっていたことでしょう

何故なら

今は私の信仰の道では

私の大学生当時

恋愛結婚は許されなかったのに

今はそれも可能になったからです

ということは

私はようこちゃんを

信仰の道に進む為

諦めなければならなかったのです

また、今が大学生時代であったのならば

左翼学生に暴力をふるわれ

虐められることもないので

精神病になるはずもなかったのです

でも、全ては

自分自身で決めて

クリーニングの洗濯じゃなくて

センター試験の選択で

歩んできた人生だから

微塵の悔いもありません

でも、ドラゴンズの試合となると

タラレバの連発で

とても悔しい思いをしている

毎年です

6年ぶりのリーグ優勝

10年ぶりの日本一

森監督、よろしくお願いします

惚れ性な私 Part3

今日は

恋愛対象の大本命である

私の家内について

話します

内に厳しく

外に優しい

言い換えれば

内弁慶で

外面のいい性格です

看護師だけあって

根がしっかりしていて

負けず嫌いで

清廉潔白

しかし、毒舌なのが

玉に瑕

でも、最近は

息子たちが

巣立っていったので

ゆとりが出来た所為か

時々、優しい女性を

演じてくれます

しかし

調子に乗って

何時のことだったか

母さん(家内)は

父さん(私)のこと好きだろうと

言ったら

怒ったのなんのって

すごい剣幕でした

離婚だ、早く死になさい

電車はダメよ

樹海に入りなさい

持っている睡眠薬、全部飲んだら

名古屋港に飛び込みなさい

等々

実に冷たいというか

刺々しいというか

毒のある言葉で

暴力を振るってきます

でも、かつて

その当時は

ドメスティックバイオレンスという

言葉がなかった頃

彼女に物理的な暴力を

振るっていました

実際

牧師様のご夫人に

殺されそうだと

怯えて相談にのってもらっていたそうです

今では、完全に

主導権を握られて

口答えさえさせてもらえませんが

しかしながら

最近は

ドライブしたり

彼女のお気に入りの

喫茶店で

お茶したり

二人で映画を見に行ったり

夜遅くまで

おしゃべりをしたり

旅行に行ったりで

ひどいことを言う割には

まんざら、仲の悪い夫婦では

ありません

私よりも4歳、お姉さんですが

遥かに私のほうが

老けて見えます

何時だったか

私は夢の中で

彼女が別の男性と

恋人同士のように

仲良くしているので

とても、淋しい気持ちがしたのですが

ふと、私の存在に気付いた

彼女は

私のもとに帰って来るのをみて

胸がキュンとしたことがあります

仕事が忙しくて

家の事を顧みないので

私が

母さんは、仕事と

結婚したんだねって

言ったら

ええ、そうよと

でも、今は

人事になって

とても人間関係が

複雑な部署に

異動となって

よく、その愚痴を聞かされます

次男さえ

社会人になってくれたら

もっと、私たち夫婦は

仲睦ましくなれそうです

惚れ性な私 Part2

先日は

45年くらい前の

私を振り返りましたが

今日は

約9年前のエピソードです

それは

人生4度目の入院時のことです

毎晩のように

消灯後

ナースステーションに

眠れませんと

追加の睡眠薬

もらいに行っていました

そしたら

ある晩のことでした

若くて、綺麗な看護師さんが

たくさんいるのですが

その中のお一人が

病室まで付き添って

下さいました

それだけでも

もう十分嬉しいのですが

私の家内でさえしてくれないこと

それは、私の左腕を

ぎゅっと握り締めて

腕組みして下さったことです

家内がいるので

恋愛感情にこそ

至りはしませんでしたが

大変いい思いをさせていただきました

残念ながら

もうその看護師さん

転職して

今はどうされているのやら

分かりませんが

きっといいお嫁さんになっているのではないでしょうか