drakiti63の日記

私の人となり

父の長所と短所

今週のお題「おとうさん」

本題に入る前に

今日の出来事を

一つ

今日は

名古屋の国際会議場というところで

精神医療に従事しておられる方々を

対象にしたイベントがありました

そこで

施設の有志が集まって

バザーをしました

その帰りの電車での

出来事でした

切符をズボンのポケットに

入れておいたのですが

スマホをそこにしまう拍子に

落としてしまいました

私は全く気付いていませんでした

そしたら

私の横に座ろうとした

中年の女性が

教えてくださいました

初めは

もっと綺麗な女性に

座って欲しかったなと

思いましたが

電車を降りる時に

彼女に

「どうもありがとうございました」と

お礼を言ったら

とても爽やかな笑顔で

答えてくださって

その笑顔こそ

本当の女性の美しさだなと

感じたことです

そして

本題の前に

もう一つだけ

私の病気のことです

以前

薬の服用を

主治医とも相談せずに

勝手に止めてしまったことがありました

最初は辛かったのですが

一つの峠を越えたら

健常者のようになりました

私はそれを

韓国で特別なお祈りをしていただいたからだと

思っていましたが

実はそうでもなかったようです

施設長さんが

薬をやめれば

確かに一時的に

病気が治ったかのようになると

仰いました

なるほど

私だけが信仰の力によって

よくなって

不信仰の故に

病気が再発したのではないことを

知りました

さて

ここからが

今日の本題

私の父についてです

私の父は

繊維業界のプロです

例えば

ミシン職人を採用する時

ミシンに座らせて

その姿勢を見るだけで

玄人か素人か

見分けがつくようです

自分自身で俺を知らない愛知の繊維業者は

もぐりだと言い放ちます

繊維業のみならず

博学で

とにかく

いろいろなことを知っています

例えば

株のこと

どこで学んだのか知りませんが

とにかく詳しいのです

また

手先がとても器用で

料理から家のリホームまで

全部一人でやってしまいます

私が小学生の頃は

プラモデルを完璧に作ってもらったことと

凧上げをやってもらったことが

特に記憶に残っています

凧上げってコツを知らないと

凧糸を引っ張って

走ってあげるのでは

無理なこと

知る人ぞ知るでしょう

でも

お金持ちの従弟は

ゲイラカイトという

だれでもあげられる

凧を持っていたので

羨ましかったです

それから

私の父は

釣りバカで

定年以降は

祖母が亡くなってからは

毎日のように

ヘラブナ釣りに明け暮れていました

勿論

キャッチアンドリリースです

私と言えば

どうして

父の長所が遺伝しなかったのか

不器用で

例えば

釣りにしても

釣り針に餌をつけたり

せっかく釣り上げた

獲物から針をとることが

上手くできないのです

父から受け継いだ長所は

数学好きなことです

父も私も

若いころから

数学の研究者を

志していたのですが

紆余曲折があって

その道を断念しています

父の場合は

旧制中学(今の高校)の当時

別に勉強しなくても

数学の問題がスラスラと

解けたようで

勉強嫌いが災いして

大学で

数学の勉強をしなかったから

挫折したのだと思います

私の場合は

授業を聞いても

頭が悪いので

自分自身で

解りやすい参考書で

勉強して

なんとか人並み以上には

出来るようになりました

しかし

大学で習う

数学だけは

どんなに頭のいい人でも

勉強しないと

理解できないでしょう

ε‐δ論法という関数の連続性を

定義するお話が

大学数学の最初の登竜門です

まあ

数学オタクしか関心のないことなので

ここはさらりとスルーしてください

次によかったことは

父も私も

熱狂的なドラゴンズファンです

小学校の頃

父と二人で

イカーのラジオに毎晩

釘付けになっていました

父の職場のお得意さんから

頂いた特別指定席で

ナイターを観戦しに行ったことは

今でも忘れられません

初回に矢沢選手の3ランホームランを

稲葉投手が完封で

ドラゴンズの勝ちゲームでした

そんな父との思い出も

晩年

本人が

何を思ってか

カミングアウトした事実に

尊敬していた父への思いが

一気に吹き飛んでしまいました

そのことも

書こうかと思いましたが

やめることにしました

ただひとつだけ

気になっていたことを

書きます

それは

差別意識です

学歴で人を評価したり

人種や肌の色でも

平気で人を差別します

それだけは止めて欲しかったです

自分だって

本格的に学んだ人には

将棋で勝てないくせに

初心者を馬鹿にしたことをいいます

でも

何故かしら

格下の相手を苛める

将棋を指すのは

実に巧みで

私が小学生の時

クラスで私を負かすのは

誰もいなかったにもかかわらず

父と将棋を指すと

角と飛車二枚落ちで戦っても

手も足も出ませんでした

それから

私の父と言えば

卓球も熟練者だったようです

若いころには

実業団に入って

シード権を得て

大会に出場していたそうです

しかし

そんな父の姿は

名古屋市から遥か彼方の僻地にある

病院で認知症の寝たきりで

一度も目にすることはできません

今月は愛知県希望会の卓球大会があります

残念ながら

個人的な事情があって

見学にも行けません

行こうと思えば行けるのですが

本当に遺憾ながら

大会にいけない事情があるのです

さてさて

今日はまた

長々と最後まで

お付き合いしてくださいまして

有り難うございました

京都、奈良、そして東京

今週のお題「修学旅行の思い出」

小学校の修学旅行は

京都・奈良でした

金閣寺法隆寺清水寺

東大寺三十三間堂などの

歴史的建造物への訪問は

とても印象的でした

卒業アルバムに

記載される作文集にも

修学旅行の思い出を

書きました

でも

残念だったのは

京都の旅館で

提供された

夕食の味噌汁が

薄味の白みそだったことです

濃厚な味の

赤みその味噌汁しか

頂いたことがなかったため

正直言って

とても食べられたものでは

ありませんでした

それからなんといっても

思い出深いのが

お土産を買うという

体験です

確か3千円以内で

買い物ができました

まだ

消費税という制度が

導入される

はるか以前のことですから

240円に悩む必要は

なかったのです

そう考えてみると

今の子供たちは

大変だと思います

以上が小学校の修学旅行の思い出です

中学校は

東京でした

日光にもいきました

東照宮華厳の滝

皇居などが

主な訪問先でしたが

私は車酔いのため

終始一貫して

吐いて、吐いて

吐きまくっていたので

いい思い出が一つもありません

生まれて初めて乗る

新幹線にも酔ったくらいですから

ところで

高校時代の修学旅行はありませんでした

リベラルな校風のある

高校で

生徒会が

修学旅行をする

意味がないとして

修学旅行を廃止してしまったためです

しかしながら

その分

大学時代

他人様の稼いだ

お金で

韓国旅行を何度もしました

大学自体には

修学旅行と称されるものは

ありません

しかし

卒業旅行という意味で

私は韓国学生の訪日団を

引率して

東京、京都、奈良、広島などを

観光しました

この時には

今でも忘れられない

思い出があります

関釜連絡船の港に向かう

電車を待つ

駅のプラットホームで

国学生の可愛いお嬢さんから

(確か、名前はジヨンちゃん)

韓国に帰っても私のことを

たくさん思い出しますよって

告白されたことです

おかげで

私もしばらく

何をしていても

彼女のことが

思い出されて

仕事に身が入りませんでした

しかし

まさか

その3か月後に

今は別れてしまった

家内と出会うとは

お釈迦様でも

知らぬ仏

今から数えて

丁度、三十年前の話です

今日も

久々に彼女の夢を見ました

あの素晴らしい愛をもう一度って

ことでしょうか

昨日の朝から今日の夕方まで

昨日の朝は

酷い目にあいました

強い眠気に襲われて

うつらうつらとして

歩きながら

施設に向かう途中

田んぼに落ちて

ズボンが泥まみれになってしまいました

自宅に引き返して

洗面所で

ズボンの泥を

水に流して

洗濯機へ

慌てていたのか

地下鉄の駅を

終点までに

乗るはずが

ひとつ前で

降りてしまいました

昨日は

午後から

診察のある日でしたので

施設を

休みたくても

休めませんでした

でも

施設の看護師さんに

高血圧の薬を

主治医先生に

処方してもらうように

言われてたので

前回の診察では

年齢の所為ですよと

スルーされていましたが

今回は

薬を出してもらいました

そして

今日は

今年になって

初めて

夕食を

施設で頂いて来ました

帰りは

地下鉄の駅まで

病院のシャトルバスを利用しました

今日は

通常であれば

夕方は

特にプログラムは

ないのですが

仲良しコンビのスタッフ

YさんとIさんが

不定期的に

企画してくださる

クイズの時間で

楽しく過ごすことができました

人様にはお見せできないほど、散らかった部屋

今週のお題「お部屋自慢」

部屋は

4つありますが

一番、片付いているのは

エアコンのある部屋で

今は

全く使っていません

次が仏壇の部屋で

洗濯物を取り込んであるので

やや、散らかっています

2階の私の部屋が

とにかく

人様にはお見せできないほど

散かっています

薬の袋、飴の袋

新聞、CD、雑誌

広告、コンビニのレシート

タオル、万年床などなど

そして、最も悲惨なのは

この隣の部屋で

足場の踏みどころもないほど

ガラクタだらけのどうにも

手の付けようもない部屋です

独り暮らしなので

とは言い訳に過ぎないのですが

まあいいかと

ほったらかしです

昨日のソフトボール大会の結果報告

昨日は

毎年5月の恒例

愛知県希望会が

主催する

ソフトボール大会でした

結果は

残念ながら

11―4で

惨敗でした

1回の表

いきなり

3点を先制されました

その裏

ノーアウト満塁のチャンスを

ものにできませんでした

次の回も

相手に

追加点を

許し

攻撃では

再び

ツーアウト満塁のチャンスを

潰してしまいました

続く3回も

失点してます

その裏

なんとか

4得点するものの

焼け石に水で

最後も

ツーアウト満塁と

チャンスをつくりましたが

期待の4番打者が

センターフライに倒れ

ゲームセット

今までの試合で

一番、悔しい思いをしました

最終回に

発揮した

攻撃を

初回にできていれば

試合の展開も

違っていたと思います

来年こそは

この悔しい思いを

晴らすことができればと思います

女性運の無い私

今週のお題「おかあさん」

1971年3月1日

これは

私の母の命日です

私がまだ7歳の時の話です

母親の思い出と言えば

一番印象に残っているのは

往復びんたをされたことです

また

母親の死に顔は

今も鮮明に

脳裏に焼き付いています

でも

本当に

悲しくて

ただ悲しくて

自分という存在に

根拠がなくなってしまったというか

上手く表現できないけれども

とにかく

ひたすら泣きました

しかし

変な話ではありますが

母親の死という悲しい出来事を通して

私の父親と

心情を共有できたことは

貴重な体験でした

人と人とが

心で通じ合うということは

簡単には出来ないことだからです

ところで

私は

女性運が

この母親の件でも

明らかなように

全くありません

本当は

私には

妹がいるはずでしたが

死産しています

また

家内との間に

授かった

3番目の子供が

養女に行きました

挙句の果てが

家内との離婚です

家内との別れが

一番辛い出来事かも知れません

家内は

私にとっては

おかあさんのような存在でした

人生で2度と出会うことの出来ない

女性です

再臨のキリストである

文鮮明師が私のために

何千人といる結婚候補者の中から

選んでくださったのですから

ところで

明日、5月11日金曜日は

愛知県希望の会主催の

ソフトボール大会の日です

結果はまた

当ブログにて

発表したいと思います

それでは、また

ゴールデンウィーク明け、久しぶりに体を動かしました

今週のお題ゴールデンウィーク2018」

今年は

ゴールデンウィーク

おとなしく

過ごしました

と言えば

聞こえはいいのですが

実は

ネットに夢中になって

怠慢をして

運動不足になっていたところでした

久しぶりに

ゲートボールをしました

前回は

全くいいとこなしで

チームに貢献できなかったのが

嘘のように

有効打の連続で

その快感というか

メタボに悪いのは

間食で

言いたいのは

感触が残って

今も

思い出すと

気持ちがよくなります

チームも勝って

なおうれしい

限りです

ところで

今日は

パソコンに詳しい

友達の二人のAさんが

欠席で残念でした

若手の女性メンバーのAさんは

午後から来所して

ゲートボールでは

大活躍でした

彼女は

ソフトボールのピッチャーでも

活躍して

最近、ソフトボール

ゲートボールも

相当なスキルアップ

しています

ソフトボール

今週の金曜日が

愛知県大会で

優勝目指して

まっしぐらです

ここで

今日のテーマとは

違うことも書きたいと思います

とりあえずは

ゴールデンウィークの出来事なので

それは

認知症

寝たきりになった

父親のお見舞いに

行って来たことです

自動車ではないと

交通の不便な

まわりが

田んぼになっている

僻地にあるので

韓国の友人に

乗せてもらいました

お礼と言ってはなんですが

ラーメンを奢りました

そしたら

東海地方が

地元のチェーン店である

「らんぷ」という

イカラな喫茶店で

コーヒーを奢ってもらいました

コーヒーと言えば

韓国語では

コピーというのですが

日本人が

間違って発音すると

鼻血になるので注意が必要です

発音の問題となると

日本人なら大抵の人は

飲んだことのある

カルピスは

英語圏では

カウピスに間違えられて

牛のおしっことなります

またライスは

発音の仕様によっては

シラミという意味にもなります

シュークリームは

靴を磨くクリームに

間違えられるそうです

飲食物に限らず

発音の仕様によっては

小学生でも知っている

アイ・ラブ・ユーが

私はあなたを

こすりますという

変な意味に勘違いされます

また

韓国語で

欠席と発音すると

人を最大に

侮辱する言葉になるので

韓国人と会話する時があったら

気を付けましょう

セキというのが

畜生の意味で

ケは犬で

犬は

親子でも

男女関係を持つので

ケッセキとは

最早

人間としての尊厳はおろか

最低の存在だという意味です

かなり今回は

本題から

脱線したことも

書きましたが

もう一つだけ

認めておきたいことがあります

それは

このブログやSNSの

プロフ画像を

例の喫茶店で

韓国の友人に

変更してもらったことです

ここでまた

更にもう一つだけ

付け加えたいことがあります

それは

彼が私よりも

遥かに

再婚の話に積極的で

タイ人でも

フィリピン人でも

韓国人でも

いいから

結婚してくださいというのです

私は

女性のことで

辛い思いをするのは

懲り懲りなので

独りでは

淋しいけれど

誰にも干渉されないで

独身貴族でいるのも

悪くはないのです

彼もご婦人に

4人のお子さんを残して

先立たれたやもめです

一番上のお子さんは

お嬢様大学で

末っ子が

小学生で

働きながら

子育てもするし

同じ教会の信者であるというだけで

私を含めて

少なからずの信者さんの

お世話もしている

とても

度量の大きい方です

家族のように

大切にしてくださる

本当にありがたい

頼りになるお方です

今回は

かなり長めの記事になりましたが

最後まで読んでくださって

有り難うございます

それでは、また

Chinaら~